極真空手とは

極真空手は世界120カ国に1200万人の門下生、世界最大の空手団体です。

極真空手は故大山総裁が立ち上げた世界最大規模の空手団体です。大山総裁没後、極真空手は分裂し、現在、多くの“極真空手”団体が存在します。どの団体も大山総裁の意志を引き継ぐ極真空手であることに違いはありませんが、その中でも、世界120カ国に累計1200万人の門下生を有する世界最大の空手団体が、松井章圭を館長とする“松井派”です。有名な「一撃」マークも松井派の公式マークであり、世界最大規模の空手団体として、世界大会を開催するなど、一般的に極真空手と言えば松井派を指すと言っても過言ではありません。松井派の正式名称は「国際空手道連盟極真会館」であり、鶴見道場も松井派に所属しています。世界最大規模の極真空手を是非ご体験ください。

大山倍達 総裁の紹介


国際空手道連盟極真会館創始者。1923年6月4日生まれ。幼少の頃より拳法を学び、14歳で山梨少年航空学校に入学。
15歳のときに船越義珍先生(日本に初めて空手を紹介した人)の門下生となる。その後、拓殖大学、早稲田大学に学び、身延山での修行を経て1947年9月に戦後初めて開催された全日本空手道選手権大会で優勝。
1948年4月より清澄山にて1年8ヵ月の山籠り修行を敢行し、下山した1950年11月、千葉・館山で猛牛と対決。47頭の牛を倒し、うち4頭は一撃で即死。1952年に渡米して全米各地を回り、空手の演武とデモンストレーションを行い、空手をアピール。その間、プロレスラーなどと真剣勝負を繰り広げ7戦全勝。その後も度々世界各国を歴訪し、演武と指導を行い、空手を世界に広める。
1964年、国際空手道連盟 極真会館設立。1969年には『直接打撃制(フルコンタクト)』を提唱し、第1回全日本空手道選手権大会を開催。1975年には通称『カラテオリンピック』と呼ばれる第1回全世界空手道選手権大会を開催して、全世界に極真空手ブームを巻き起こす。世界120ヵ国に公認道場を持ち、1200万人の門弟の総裁として、その生涯を極真空手に捧げた。1994年4月26日、肺癌のため急逝。享年70歳。


松井章奎 館長の紹介


1963年1月15日、東京生まれ。大山総裁に憧れ中学時代に極真会館入門。恵まれた素質と不断の努力により、たちまち頭角を現す。17歳で全日本大会に堂々4位に入賞し、非凡さを世に知らしめた。第17回、18回全日本大会優勝。翌年の第4回世界大会をも制し大会三連覇の偉業達成。その俊敏にして華麗な組手は空手界の貴公子と呼ばれ、多くのファンを魅了した。
また世界大会優勝の前年には極真最大の荒行、百人組手を完遂し、真の武道家としての基礎を確立した。
現役選手引退後は、後進の指導にあたりつつ、大山総裁の哲学を学ぶ。大山総裁の逝去に伴い、その遺志を継ぎ、極真会館 館長に就任。現在、世界の極真会館における組織の運営と益々の極真空手の普及・発展を目指し、東奔西走の日々を送る。